あつべつ個人BLOG情報 - 「北12条通りの謎」 なぜ、境界線(旧札幌区と旧札幌村)が引かれたか?

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feed 「北12条通りの謎」 なぜ、境界線(旧札幌区と旧札幌村)が引かれたか? (2018-3-12 23:52:06)
  一昨日ブログ で、「東区 北光・鉄東の謎 四題」を予告しました。
  ? 「北光線(東8丁目通り) 東区最大のクランクの謎」
 ? 「創成川の謎」
 ? 「ビッグハウス、オートバックス、元ツタヤの謎」
 ? 「北12条通りの謎」

 
 場所を現在図で確認しておきます(方位はおおむね1時の向きが北、元図は札幌市東区役所「東区ガイド」から抜粋)。
東区 現在図 北光、鉄東の謎 4箇所
 ? なぜ、北12条で曲がっているか?
   東区役所の北側でクランクしています。 
 ? なぜ、鉄道以北で少しずつ北北西に向きを変えて流れるか?
   鉄路以南では直進していた川が、わずかに北北西に進路を変え、北13条あたりからは明らかに向きを変えます。 
 ? なぜ、道路に対してナナメか?
   黄色で示した三つの建物が、碁盤目の街区に対してナナメに配置されています。
 ? なぜ、境界線(旧札幌区と旧札幌村)が引かれたか?
   
 謎はいずれも絡み合っています。本丸は?ですが、?→?→?→?の順番で解いていきます。この順でいくと辿り着けるでしょう。
 それではまず、?「北12条通りの謎」から。なぜ、ここに境界線(旧札幌区と旧札幌村)が引かれたか?
 前掲現在図で北12条通りを赤い線でなぞりました。この通りをはさんで、北側が北光連合町内会、南側が鉄東連合町内会の区域です。市街地が碁盤目状に連担(末注)していますが、今も地域社会の境目と見えます。

 次に古地図を見ます。明治29年地形図です。
明治29年地形図 札幌区、札幌村境界
 北から黄色〜橙色〜赤〜橙色〜黄色でなぞったのが、当時の札幌区の境界線です。このうち橙色と赤の線が旧札幌村との境界で、東西に通じる赤の線が現在の北12条通りに当たります。黄色は他の村との境界です。ABCを付したことについては、おって説明します。
 
 この地図を見て分かるのは、市街地が碁盤目状に連担する前から、赤の線に境界が引かれていることです。たとえば市街地が拡大してきた先端で境界を分かったというような事由ではありません。そこで、この境界線は何に基づいて引かれたのか、という謎が生じたのです。[つづく]

 注:「 れんたん 」と入力したところすぐ「 連担 」という漢字に変換された。都市計画の分野ではわりとすこぶる使われるコトバだと思うが、手元の『広辞苑』第五版1998年には収録されていない。「家屋が連なる」という意味合いを、漢語では私はこのコトバでないとなかなか表現しづらいのだが、一般にはなじみがないらしい。同じ岩波書店でも、日本建築学会編『建築学用語辞典』1993年には「連担市街地」「連担都市」が載っている。「連担」は「連 」とも書かれるようだが、つい最近「 」の旧字は「 」で、「 」の当て字だということを知った。「 」は、『漢字源』改訂新版1999年によると、語義は名詞で「のき」「ひさし」、動詞で「になう」(p.714)。「檐(のき)を連ねる」で、意味が通じた。


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