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link 札幌時空逍遥 札幌時空逍遥 (2018-12-17 14:34:12)

feed 篠路 駅東側倉庫群の近くにあった建物 ? (2018-3-11 22:45:22)
  一昨日ブログ の続きです。
 空中写真と農協三十年史を照らすと、建物は「食糧事務所」であったと思われます。裏付けを得るべく、このあたりに長くお住まいの古老を尋ねました。
 1965(昭和40)年から篠路にお住まいのMさん(91歳)。私が 2000(平成12)年に撮った写真 をMさんにお見せしたところ、ただちには思い出せないご様子でした。実はMさんは、篠路本村の商店街の歴史を丹念にまとめられた方です。その力作は『シノロ 140年のあゆみ』2003年に、12ページにわたって略図と年譜で詳細に綴られています(pp.713-724)。
 
 同書に掲載された略図でも、建物があったとおぼしき位置に「食検」「食糧検査事務所」と書かれています。
シノロ140年のあゆみ 篠路商店街 略図 1971年
シノロ140年のあゆみ 篠路商店街 略図 1974年
 上:1971(昭和46)年(p.714) 下:1974(昭和49)年(p.715)

 これをMさんにお伝えしたところ、「ああ、そうえいば」という様子で、思い出していただきました。
 「コメの検査をして、一等、二等…と決めていた」「2階は職員の住宅になっていた」「いつまであったかははっきり思い出せないが、昭和50年代だったか…」。
 いささか誘導尋問気味にお尋ねしましたが、「2階は職員の住宅になっていた」というお話に具体性が感じられました。

 では、この建物はいつごろ建てられたか。
 前述の文献には、1948(昭和23)-1953(昭和28)年を描いた略図も載っています(p.713)。
シノロ140年のあゆみ 篠路商店街 略図 1948-1953年
 それには「食糧検査所」の位置は別のところに書かれています。橙色の○で囲ったところです。

 同書の年譜には「昭和29年 農林省食料(原文ママ)事務所篠路出張所新築開設(国安さんの向側?)」と記されています(p.721)。
 「国安さんの向側」というのは、前掲1948-1953年略図の橙色の○の位置と合います(「国安さん」は「国安旅館」のことであろう)。略図のその後の時系列をたどるならば、昭和29(1954)年にこの場所に「新築解説」されたというよりは、同年にこの場所から前掲1971年、1974年略図の位置(赤い○)に移ったということだと思われます。ということは、建物は1954年築だったと推定されます。

 同書に「食糧検査所」とか「食検」という文字が出ているのは、食糧事務所の前身に食糧検査所があったことによるものでしょう(農水省札幌食糧事務所『業務年報 平成14年度版』2002年、p.10)。また、地域住民にはコメなどの検査業務が目に映っていたのだと思います。
  3月7日ブログ に記したように、篠路出張所が役目を終えたとされるのは1981(昭和56)年です。27年間、使われていたことになります。その後、少なくとも私が写真に撮った2000年までは建物が残っていました。ただし、当時どのような用途だったか、また、いつ解体されたかは定かでありません。人の記憶は移ろいます。あらためて感じました。建物の来し方を一つ跡づけるのも、結構手間ひまがかかることを。
 三十数年前まで、日本には食糧配給の制度が遺っていました。


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